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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)2187号 判決

大阪府守口市大日町三丁目一三七番地

原告

株式会社久宝プラスチック製作所

右代表者代表取締役

岡田孝博

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

右訴訟復代理人弁護士

岩谷敏昭

右輔佐人弁理士

大西孝治

大阪府八尾市南木の本二丁目四六番地

被告

キンシ化学工業株式会社

右代表者代表取締役

越山太郎

右訴訟代理人弁護士

本渡諒一

洪性模

右訴訟復代理人弁護士

裵薫

鎌田邦彦

外川裕

右輔佐人弁理士

井沢洵

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙(イ)号図面記載の物干し器具(以下「イ号製品」という)及び(ロ)号図面記載の物干し器具(以下「ロ号製品」という)を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。

二  被告は、その保管に係るイ号製品及びロ号製品(以下、合わせて「被告製品」という)を廃棄せよ。

三  被告は原告に対し、金三一二〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  原告の有する意匠権

1  原告は、左記(一)の意匠権(以下「本件意匠権」といい、その登録意匠を「本件登録意匠」という)を有しており、本件意匠権には(二)の類似意匠の意匠権(その類似意匠の意匠登録を受けた意匠を「本件類似意匠」という)が合体している(争いがない)。

(一) 登録番号 第七二三二九三号

出願日 昭和五四年八月六日

登録日 昭和六二年九月一〇日

意匠に係る物品 物干し器具

登録意匠 末尾添付の意匠公報七二三二九三記載のとおり

(二) 登録番号 第七二三二九三号の類似一

出願日 昭和五五年一月三一日

登録日 昭和六三年一月一一日

意匠に係る物品 物干し器具

登録意匠 末尾添付の意匠公報七二三二九三の類似一記載のとおり

2  本件登録意匠は、末尾添付の意匠公報の記載及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの構成であることが認められる。

〈1〉 上部支柱1と脚部9付の下部支柱2は、いずれも細長い中空の丸棒状で略同一の長さを有し、該上部支柱1の下端が、短い円筒状の基部の内部に中央部底板を設けるとともに基部中央部に端面の上側方にまるみをつけ下面全体は平坦に形成した小円盤形の鍔部を突設した集束盤3の上部有底中空部4に、該下部支柱2の上端が、該集束盤3の下部有底中空部4'に、それそれ挿入されることによって、まっすぐに繋ぎ合わされ、

〈2〉 該上部支柱1の上端部を、短い円筒状キャップで円筒内中央部に底板を設けた中央筒12の中空部13に差し込むことにより、該中央筒12に枢着された細長い平板状の三本の掛け杆5が、上部支柱1の上端からやや上向き放射状に広がる形状となり、

〈3〉 該掛け杆5には、それぞれ矩形の小型ハンガー掛合用孔6が一〇個穿設されており、

〈4〉 前記集束盤3には、断面角形の細長い棒状の一二本の物干し杆7がやや上向き放射状に枢着され、前記のとおり上部支柱1と下部支柱2が集束盤3によってまっすぐに繋ぎ合わされることにより、支柱1、2の継ぎ目から一二本の物干し杆7がやや上向き放射状に広がる形状となり、

〈5〉 該物干し杆7の先端部は、上向き「つ」の字形クリップ8とされており、

〈6〉 前記下部支柱2の下端部に取り付けられた脚部9は、略半円状の四個の螺着板よりなる基部11から四本のステー10を等間隔に下向き放射状に広げてあり、

〈7〉 前記掛け杆5の長さは脚部を含む支柱1、2全体の約四分の一とされ、前記物干し杆7は右掛け杆5よりやや長く、前記四本のステー10は、その長さが右掛け杆5よりやや短く、高さが脚部を含む支柱1、2全体の五分の一弱であり、その放射状展開先端部の位置が右掛け杆5の放射状展開先端部の位置より内側になるようにされている

〈8〉 物干し器具。

3  本件類似意匠は、末尾添付の意匠公報の記載及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの構成であることが認められる。

〈1〉 上部支柱1と脚部9付の下部支柱2は、いずれも細長い中空の丸棒状で略同一の長さを有し、該上部支柱1の下端が、短い円筒状の基部の内部に中央部底板を設けるとともに基部中央部に端面の上側方にまるみをつけ下面全体は平坦に形成した小円盤形の鍔部を突設した下位集束盤3の上部有底中空部4に、該下部支柱2の上端が、該下位集束盤3の下部有底中空部4'に、それぞれ挿入されることによって、まっすぐに繋ぎ合わされ、

〈2〉 該上部支柱1の上端部を、前記下位集束盤3と同一形状の上位集束盤12の下部有底中空部に差し込むことにより、該上位集束盤12に枢着された細長い棒状の一二本の掛け杆5が、上部支柱1の上端からやや上向き放射状に広がる形状となり、

〈3〉 該掛け杆5には、それぞれ先端部と略中央部に各一個の洗濯バサミ6が吊り下げられており、

〈4〉 前記下位集束盤3には、断面角形の細長い棒状の一二本の物干し杆7がやや上向き放射状に枢着され、前記のとおり上部支柱1と下部支柱2が下位集束盤3によってまっすぐに繋ぎ合わされることにより、支柱1、2の継ぎ目から一二本の物干し杆7がやや上向き放射状に広がる形状となり、

〈5〉 該物干し杆7の先端部は、上向き「つ」の字型クリップ8とされており、

〈6〉 前記下部支柱2の下端部に取り付けられた脚部9は、略半円状の四個の螺着板よりなる基部11から四本のステー10を等間隔に下向き放射状に広げてあり、

〈7〉 前記掛け杆5の長さは脚部を含む支柱1、2全体の約五分の一とされ、前記物干し杆7は右掛け杆5よりやや長く、前記四本のステー10は、その長さが右掛け杆5とほぼ同じであり、高さが脚部を含む支柱1、2全体の五分の一弱であり、その放射状展開先端部の位置が右掛け杆5の放射状展開先端部の位置と略同一になるようにされている

〈8〉 物干し器具。

二  被告が製造譲渡等をしている被告製品の意匠

被告が被告製品の製造譲渡等をしていることは争いがなく、そのイ号製品の意匠(以下「イ号意匠」という)及びロ号製品の意匠(以下「ロ号意匠」という)は、争いのない別紙(イ)号図面及び(ロ)号図面の記載並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおりの構成であることが認められる。

1  イ号意匠の構成

〈1〉 上部支柱1と脚部9付の下部支柱2は、いずれも細長い中空の丸棒状で上部支柱1が下部支柱2よりやや長く、該上部支柱1の下端中空部に該下部支柱2の上端部嵌合子が挿入されることによって上部支柱1と下部支柱2がまっすぐに繋ぎ合わされ、

〈2〉 該上部支柱1に上下位置可変である短い円筒状キャップの基管12を嵌め込み、リング状の本体に可動片が螺着されたストッパー13で右基管12を係止することにより、該基管12に枢着された細長い断面I字形(先端丸形状)の二本の掛け杆5が通常の使用態様のもとでは上部支柱1の上端部からやや上向きで反対方向に延びる形状となり、

(掛け杆5が、通常の使用態様のもとで上部支柱1の上端部に位置することについては、後記第五の一末尾参照)

〈3〉 該掛け杆5には、小型ハンガー掛合用孔6として、円形透孔六個と鍵穴形孔五個とが交互に穿設されており、

〈4〉 短い円筒状の基部に端面にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した集束盤3には、断面I字形で溝部に波形模様を浮き上がらせてある細長い棒状の二五本の物干し杆7がやや上向き放射状に枢着され、該集束盤3の中央孔16に右上部支柱1又は下部支柱2を挿通し、上下位置可変の右集束盤3を通常の使用態様のもとでは支柱全体1、2の中央部近傍ないしその近接位置にストッパー15で係止することにより、該位置から二五本の物干し杆7がやや上向き放射状に広がる形状となり、

(物干し杆7が、通常の使用態様のもとで支柱全体1、2の中央部近傍ないしその近接位置にストッパー15で係止されることについては、後記第五の一末尾参照)

〈5〉 該物干し杆7の先端部は、上向き「つ」の字形クリップ8とされており、

〈5〉の2 該物干し杆7の根元部は前記先端部の「つ」の字形クリップより小さい上向き「つ」の字形クリップ17とされ、

〈6〉 前記下部支柱2の下端近くに取り付けられた脚部9は、下部支柱2が挿通する孔を有する円形キャップ状の基部11から下端部にキャップが取り付けられている三本のステー10を等間隔に下向き放射状に広げてあり、また、下部支柱2の下端部が基部11の右孔から突き出てステー10とともに全体を支えるようになっており、

〈6〉の2 右ステー10上方部と基部11下方の下部支柱2との間には杆状の拡開規制杆14が設けられ、該拡開規制杆14の一方の端部は、二股となっていてステー10を把持するとともにステー10に枢支され、他方の端部は、下部支柱2が挿通する円筒に取り付けられた挟持板に挟持されるとともにこれに枢支されており、

〈7〉 前記掛け杆5の長さは脚部を含む支柱1、2全体の約四分の一とされ、前記物干し杆7は右掛け杆5よりやや長く、前記三本のステー10は、その長さが右掛け杆5よりやや長く、高さが脚部を含む支柱1、2全体の約五分の一であり、その放射状展開先端部の位置が右掛け杆5の先端部の位置と略同位置になるようにされている

〈8〉 物干し器具。

2  ロ号意匠の構成

〈1〉 上部支柱1と脚部9付の下部支柱2は、いずれも細長い中空の丸棒状で上部支柱1が下部支柱2よりやや長く、該上部支柱1の下端中空部に該下部支柱2の上端部嵌合子が挿入されることによって上部支柱1と下部支柱2がまっすぐに繋ぎ合わされ、

〈2〉 該上部支柱1を短い円筒状の基部に端面にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した上位集束盤12の中央孔に挿通し、上下位置可変の右上位集束盤12をリング状の本体に可動片が螺着されたストッパー13で係止することにより、該上位集束盤12に枢支された断面I字形で細長い棒状の一五本の掛け杆5が通常の使用態様のもとでは上部支柱1の上端部からやや上向き放射状に広がる形状となり、

(掛け杆5が、通常の使用態様のもとで上部支柱1の上端部に位置することについては、後記第五の一末尾参照)

〈3〉 該掛け杆5の二股に分かれた下方の先端部には、それぞれ一個の洗濯バサミ6が吊り下げられており、

〈3〉の2 該掛け杆5の二股に分かれた上方の先端部は小さな上向き「つ」の字形クリップ18とされ、

〈4〉 上位集束盤12と同一形状でこれよりもやや大きい下位集束盤3には、断面I字形で溝部に波形模様を浮き上がらせてある細長い棒状の二五本の物干し杆7がやや上向き放射状に枢着され、該下位集束盤3の中央孔16に右上部支柱1又は下部支柱2を挿通し、上下位置可変の右下位集束盤3を通常の使用態様のもとでは支柱全体1、2の中央部近傍ないしその近接位置にストッパー15で係止することにより、該位置から二五本の物干し杆7がやや上向き放射状に広がる形状となり、

(物干し杆7が、通常の使用態様のもとで支柱全体1、2の中央部近傍ないしその近接位置にストッパー15で係止されることについては、後記第五の一末尾参照)

〈5〉 該物干し杆7の先端部は、上向き「つ」の字形クリップ8とされており、

〈5〉の2 該物干し杆7の根元部は前記先端部の「つ」の字形クリップより小さい上向き「つ」の字形クリップ17とされ、

〈6〉 前記下部支柱2の下端近くに取り付けられた脚部9は、下部支柱2が挿通する孔を有する円形キャップ状の基部11から下端部にキャップが取り付けられている三本のステー10を等間隔に下向き放射状に広げてあり、また、下部支柱2の下端部が基部11の右孔から突き出てステー10とともに全体を支えるようになっており、

〈6〉の2 右ステー10上方部と基部11下方の下部支柱2との間には杆状の拡開規制杆14が設けられ、該拡開規制杆14の一方の端部は、二股となっていてステー10を把持するとともにステー10に枢支され、他方の端部は、下部支柱2が挿通する円筒に取り付けられた挟持板に挟持されるとともにこれに枢支されており、

〈7〉 前記掛け杆5の長さは脚部を含む支柱1、2全体の約八分の一とされ、前記物干し杆7の長さは右掛け杆5の約二倍であり、前記三本のステー10は、その長さが右掛け杆5の二倍以上であり、高さが脚部を含む支柱1、2全体の約五分の一であり、その放射状展開先端部の位置が右掛け杆5の放射状展開先端部の位置より相当外側で、右物干し杆7の放射状展開先端部の位置と略同位置になるようにされている

〈8〉 物干し器具。

三  原告の請求

被告製品が本件登録意匠に係る物品と一致することは明らかであるところ、原告は、イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に類似すると主張して、被告に対し、意匠法三七条一項及び二項に基づき、被告製品の製造、使用、譲渡、貸渡し又は譲渡若しくは貸渡しのための展示の差止め並びに被告製品の廃棄を求めるとともに、民法七〇九条、意匠法三条一項に基づき、被告製品の販売による損害賠償として三一二〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

第三  争点

一  イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に類似するものであるか。

1  本件登録意匠の要部

2  イ号意匠と本件登録意匠との対比

3  ロ号意匠と本件登録意匠との対比

二  本件意匠権に基づき被告製品の製造販売等の差止めを求めることは権利の濫用に当たるか。

三  被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額

第四  争点に関する当事者の主張

一  争点一(イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に類似するものであるか)について

【原告の主張】

1 本件登録意匠の要部

(一) 本件登録意匠をその意匠登録出願前の公知意匠と対比した場合の新規部分は、次のとおりであり、この部分が本件登録意匠の要部を構成するというべきである。

(1) 支柱(上部支柱1と下部支柱2を繋ぎ合わせたもの)の中央部から複数本の物干し杆7が放射状に広がり、右支柱の上端から複数本の掛け杆5が放射状に広がり、支柱下部に四本のステー10を下向き放射状に広げた脚部9が設けられた形状の物干し器具において、

(2) 上段の掛け杆5と下段の物干し杆7はいずれも「上向き」放射状に広がっていて、花弁が広がっているような美感を生じさせている点、

(3) 上段の掛け杆5に小型ハンガー掛合用孔6が穿設されている点、

(4) 下段の物干し杆7の先端部が「つ」の字形クリップ8とされている点、

(5) 上段の掛け杆の枢着部材を、短い円筒状キャップで円筒内中央部に底板を設けた中央筒12とし、下段の物干し杆7の枢着部材を、短い円筒状の基部の内部に中央部底板を設けるとともに基部中央部に端面の上側方に丸みをつけ下面全体は平坦に形成した小円盤形の鍔部を突設した集束盤3とした点。

意匠は全体的形状を見るべきものであるから、中でも本件登録意匠の全体形状である右(1)の点が重要である。

(二) 本件登録意匠の要部が前記(一)記載の(1)ないし(5)の点であることは、次の被告援用の(1)ないし(4)の公知意匠にはこれらの特徴を一体的に備えたものは存在しないことから明らかである。

(1) 昭和五一年九月七日出願、昭和五四年一月三〇日登録の第五〇〇八六二号に係る意匠(甲八の7、乙一。本件登録意匠の出願審査の過程で拒絶理由として引用された意匠。以下「本件引例意匠一」という)との対比

イ 掛け杆及び物干し杆が、本件引例意匠一ではいずれも水平に放射状となっている(仮に計測上ごくわずかに上向きになっているとしても、看者にとって一般的に視認できるものではない)のに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では上向き放射状とされ花弁のような美感を呈している。

ロ 掛け杆は、本件引例意匠一ではその先端部の上側に凹部が設けられているにすぎないのに対し、本件登録意匠では小型ハンガー掛合用孔6が穿設されており、本件類似意匠では洗濯バサミ6が吊り下げられている。

ハ 物干し杆は、本件引例意匠一では単なる棒状のものにすぎないのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では先端部が「つ」の字形クリップとされている。

ニ 本件引例意匠一では、掛け杆及び物干し掛が枢着されている部材の形状は不明であり、どちらかといえば小さいものである。乙第一六号証の1~4(本件引例意匠一の意匠登録出願の願書添付の図面代用写真を複写したもの)によれば、掛け杆の枢着部材はまんじゆう形のものであり、物干しの枢着部材は小円盤形の鍔部がない。

これに対し、本件登録意匠では、上段の掛け杆5は短い円筒状キャップで円筒内中央部に底板を設けた中央筒12に、下段の物干し杆7は短い円筒状の基部の内部に中央部底板を設けるとともに基部中央部に端面の上側方にまるみをつけ下面全体は平坦に形成した小円盤形の鍔部を突設した集束盤3に枢着され、本件類似意匠では、掛け杆5及び物干し杆7は右形状の集束盤3に枢着されている。

(2) 特許庁資料館昭和四〇年七月二一日受入の外国カタログ記載の意匠(甲一〇の4、乙二の2。本件類似意匠の出願審査の過程で拒絶理由として引用された意匠。以下「本件引例意匠二」という)

イ 掛け杆及び物干し掛が、本件引例意匠二ではいずれも水平に放射状となっているのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では上向き放射状とされ花弁のような美感を呈している。

ロ 掛け杆は、本件引例意匠二ではその先端部に止球が設けられているにすぎないのに対し、本件登録意匠では小形ハンガー掛合用孔6が穿設されており、本件類似意匠では洗濯バサミ6が吊り下げられている。

ハ 物干し掛は、本件引例意匠二ではその先端部に止球が設けられているにすぎないのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では先端部が「つ」の字形クリップ8とされている。

ニ 本件引例意匠二では、下段の物干し掛が枢着されている部材の形状が不明である。

これに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠については、前記(1)ニ後段のとおりである。

(3) 昭和五二年一二月六日に出願公開された実開昭五二-一六〇五三九号公開実用新案公報(乙三)記載の物干し器具の意匠

イ 掛け杆及び物干し杆が、右公知意匠ではいずれも水平に放射状となっているのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では上向き放射状とされ花弁のような美感を呈している。

ロ 掛け杆は、右公知意匠では単なる棒状のものにすぎないのに対し、本件登録意匠では小型ハンガー掛合用孔6が穿設されており、本件類似意匠では洗濯バサミ6が吊り下げられている。

ハ 右公知意匠では、物干し杆の先端部に折曲部が設けられているが、これは、本件登録意匠の「つ」の字形クリップ8(要部(4))のように大きく優美なものではなく、形状が異なるから、「つ」の字形クリップとはいえない。

ニ 右公知意匠では、物干し杆が枢着されている部材の形状は屈曲せしめられた板状のものである(第8図)。

これに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠の下段の物干し杆7が枢着されている部材は、前記(1)ニ後段のとおりである。

(4) 昭和五一年一二月一五日に出願公告された実公昭五一-五二五二〇号実用新案公報(乙四)記載の物干し器具の意匠

イ 掛け杆及び物干し杆が、右公知意匠ではいずれも水平に放射状となっているのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では上向き放射状とされ花弁のような美感を呈している。

ロ 掛け杆は、右公知意匠ではその先端部に止球が設けられているにすぎないのに対し、本件登録意匠では小型ハンガー掛合用孔6が穿設されており、本件類似意匠では洗濯バサミ6が吊り下げられている。

ハ 物干し杆は、右公知意匠ではその先端部に止球が設けられているにすぎないのに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠では先端部が「つ」の字形クリップ8とされている。

ニ 右公知意匠では、掛け杆及び物干し掛が枢着されている部材の形状は不明であり、どちらかといえば小さいものである。

これに対し、本件登録意匠及び本件類似意匠については、前記(1)ニ後段のとおりである。

被告の援用する次の(5)ないし(7)の意匠は公知意匠であるが、二段式のものではなく本件登録意匠とは全体的形状が異なるから、参酌すべき資料ではない。

(5) 昭和五一年六月一〇日に出願公開された実開昭五一-七四一二八号公開実用新案公報(乙七)記載の意匠

右考案は、「つ」の字形クリップの構造に係るものであり、これが付けられる物干し器具は、同号証第4図のとおり上側先端部を鉤形とした支柱の下部から複数の杆を放射状に広げた形状のものであり、本件登録意匠と形状を異にする。すなわち、「下段の物干し杆7の先端部」が「つ」の字形クリップ8とされているもの(本件登録意匠の要部(4))ではない。

また、二段式の物干し器具ではないからそもそも「上段の掛け杆の枢着部材としての中央筒(本件登録意匠の要部(5))が存在しないし、一段のみの杆の枢着部材としてみても、枢着部材の存否が不明であり、存在したとしても形状は明瞭に描かれていない。

(6) 昭和四五年六月三〇日出願、昭和四九年一月一〇日登録の第三七八四〇一号意匠公報(乙八)記載の意匠

右意匠は脚部の形状の意匠であり、どのような形状の物干し器具に右脚部が用いられるかは明らかにされていない。

(7) 昭和四九年一一月三〇日出願、昭和五四年三月二七日登録の第五〇三六七七号の類似一意匠公報(乙九)記載の意匠

右意匠は、支柱の上部から複数の杆を放射状に広げた脚部付の物干し器具の意匠であり、本件登録意匠と形状を異にする。

また、その枢着部材は、本件登録意匠の物干し杆の枢着部材(要部(5))と異なり、上部に円筒状の基部がなく、かつ、下部において円筒が著しく太い。

(三) 被告の援用する次の(1)ないし(3)の意匠は、いずれも本件登録意匠の出願後に公知となったものであって、本件登録意匠の出願前の公知意匠ではないから、本件登録意匠の創作性ある部分を考察するに当たっては何ら参考にならない。念のために付言すると、以下のとおりである。

(1) 昭和六〇年三月一二日出願(原告)、昭和六三年二月九日登録の第七三三五一八号意匠公報(乙五)記載の意匠

右意匠は、本件類似意匠における上部支柱を掛け杆より上に延伸せしめ、その先端部を鉤条に折り曲げただけのものであるが、このことにより別異の美感を生ぜしめることになるので、独立の意匠権として登録されているものである。

したがって、右意匠は、右鉤状の延伸部位以外の部分はすべて本件類似意匠と同一であって、本件登録意匠をそっくり含んでおり、これを利用するものであるから、仮に右意匠権が原告ではなく第三者に属するとすれば、第三者は意匠法二六条により本件登録意匠の意匠権者である原告の許諾を受けなければ実施できない。右意匠はそのようなものとして登録されたのであるから、本件の類否判断の参考にはならない。

(2) 昭和六一年五月九日出願(原告)、昭和六三年一一月一五日登録の第七五五八九二号意匠公報(乙六の1・2)記載の意匠

右意匠は、掛け杆を本件登録意匠における板状又は本件類似意匠における棒状のような不透視部材ではなく、線状部材をもって形成し、その下部に掛合用の輪を連接していること、基部11の上部に相当程度の大きさの基盤を設けていることの二点において本件登録意匠と美感を異にしているため、独立の意匠権として登録されているものである。

(3) 昭和五六年三月二日に出願公開され、昭和五七年七月二〇日に出願公告された実公昭五七-三二八六五号実用新案公報(乙一〇)、昭和五六年五月二日に出願公開され、昭和五七年七月二〇日に出願公告された実公昭五七-三二八六六号実用新案公報(乙一一)、昭和五四年九月二五日出願、昭和五六年七月二三日登録の第五六三一七七号意匠公報(乙一二)、昭和六〇年二月一二日出願、平成元年七月二六日登録の第七七三九三六号意匠公報(乙一三)、昭和五七年一二月二二日出願、昭和五九年一二月一四日登録の第六四六三三八号意匠公報(乙一四)及び昭和五七年一二月二二日出願、昭和五九年九月二六日登録の第六四〇五五七号意匠公報(乙一五)記載の各意匠

これらの物干し器具は、上段の掛け杆の形状、下段の物干し杆の形状、脚部の形状において本件登録意匠と著しく相違するから、何ら参考にはならない。

被告は右のように本件登録意匠の出願後に公知となった各資料(乙五、六の1・2、一〇~一五)を援用して種々主張するが、右資料は前記のとおり本件登録意匠の創作性ある部分を考察するに当たっては何ら参考にならない上、後願の意匠が本件登録意匠と類似しているにもかかわらず看過されて登録されている可能性があり、かかる後願の意匠登録は無効原因を内包しているのであるから、類否判断に供すべきではない。後願の意匠を類否判断の資料として用いうるのは、後願の意匠登録が無効審判の洗礼を受け、無効原因を内包していないことが明白であるなど特別の事情がある場合に限られるというべきである。また、前記(1)のように後願の意匠が本件登録意匠を利用するものである場合、本件意匠権を侵害するものとされる意匠が右後願の意匠と同一であるからといって、直ちに侵害ではないということにはならない。

(四) 本件類似意匠は、次の各相違点以外の部分は本件登録意匠と同一であり、両者の美感は同一である。

(1) 掛け杆5の形状が、本件登録意匠では「細長い平板状」であるのに対し、本件類似意匠では「細長い棒状」であること、

(2) 掛け杆5の本数が、本件登録意匠では三本であるのに対し、本件類似意匠では一二本であること、

(3) 掛け杆5が枢着されている部材が、本件登録意匠では「短い円筒状キャップの中央筒12」であるのに対し、本件類似意匠では「下位集束盤3と同一形状の上位集束盤12」であること、

(4) 掛け杆5には、本件登録意匠では「矩形の小型ハンガー掛合用孔6が一〇個穿設されている」のに対し、本件類似意匠では「先端部と略中央部に各一個の洗濯バサミ6が吊り下げられている」こと。

このように、本件登録意匠を右の各点において本件類似意匠のとおりに変化させた形状は本件登録意匠の類似範囲内にあるとされているのであるから、本件登録意匠に右変化と同質、同等の変化を加えた本件類似意匠以外の形状のものは、本件類似意匠と同様に本件登録意匠の類似範囲内にある。

本件登録意匠と本件類似意匠における共通要素は、右のような両者の相違点を包摂しかつ美感上同等の範囲内にある上位概念たる形状に存在するものである。

そして、本件類似意匠の要部は、本件登録意匠の要部(3)について、掛け杆5に洗濯バサミ6が吊り下げられている点、同(5)について、上段の掛け杆の枢着部材も下段の物干し杆7の枢着部材である集束盤3と同一形状の集束盤12とした点が異なるだけで、他は本件登録意匠と同一である。このことは、本件登録意匠と公知意匠との対比により述べたところと同様である。

2 イ号意匠と本件登録意匠との対比

(一) イ号意匠は、全体形状が本件登録意匠の要部である前記1(一)の(1)の特徴と同一であり、同(2)ないし(4)の各特徴をすべて備えている。

同(5)の特徴について、イ号意匠は掛け杆5の枢着部材を「円筒状キャップの基管12」としており(イ号意匠の構成〈2〉)、本件登録意匠の中央筒12の形状と略同一であり、また、物干し杆7の枢着部材を「小円盤形の鍔部を突設した集束盤3」としており(イ号意匠の構成〈4〉)、本件登録意匠の集束盤3の形状と略同一である。

したがって、イ号意匠は、本件登録意匠の要部を模倣しているから、本件登録意匠の類似の範囲内にある。

(二)(1) 被告がイ号意匠と本件登録意匠との相違点としてあげるところはいずれも微細な点であり、本件登録意匠から本件類似意匠までの前記変化の幅の中に包含されるものである。更に、イ号製品において、掛け杆及び物干し杆を移動させうるとの点、折り畳み方法・折り畳み時における形状の相違点は、イ号製品が通常用いられる場合の形状ではないから、問題にならない。

(2) イ号意匠中の付加的構成、すなわち物干し杆の根元部の「つ」の字形クリップ17(構成〈5〉の2)及び脚部における拡開規制杆14(構成〈6〉の2)については、まず、これらの付加物は、相当程度に複雑な物干し器具のうちのごく微細な要素でしかなく、多数つけられた物干し杆は上向き放射状になっており、通常の態様では看者は右根元部の「つ」の字形クリップを視認することが困難であるし、拡開規制杆にしても、それが特に看者の注意を惹くものではない。したがって、これらの付加的構成があったとしても、イ号意匠は本件登録意匠と別個の美感を呈するとはいえず、類似関係は否定されない。

また、右各付加的構成自体、被告が昭和六三年にイ号製品の製造販売を開始する前から公知となっていたものであり、被告は、二段式物干し器具である本件登録意匠を模倣し、ありふれた公知の構成要素を付加したものであるから、右付加によりイ号意匠が本件登録意匠と美感を異にするものでないことは、なおさらのことである。すなわち、掛け杆の先端部に「つ」の字形クリツプを設けることは、乙第一二号証(昭和五六年七月二三日登録の意匠公報)により公知となっていたものであり、これを物干し杆根元部に設けることは、同先端部に設けた「つ」の字形クリツプを根元部に転用して付加したものにすぎず、脚部の拡開規制杆は、乙第八号証(昭和四九年一月一〇日登録の意匠公報)により公知となっていたものである。被告は、二段式物干し器具の新規な意匠を創作していなかったので、本件登録意匠を模倣した上、侵害を回避する意図のもとに、いずれもありふれた右各付加的構成を付加してイ号製品を製作したものである。

仮に、右各付加的構成に美感上何らかの意味を認めるとしても、イ号意匠は、本件登録意匠をそっくり含んだ上で右各付加的構成があるという関係にあるから、本件登録意匠を利用するものであり、意匠法二六条により原告の許諾を得ない限りこれを実施することはできない。

(三) 被告は、イ号製品は形状が不特定の商品であるから、本件登録意匠のような固定した形状の意匠とは意匠の概念が異なると主張するが、前記(二)(1)のとおりイ号製品において掛け杆及び物干し杆を移動させうるとの点、折り畳み方法・折り畳み時における形状の相違点は、イ号製品が通常用いられる場合の形状ではないから、問題にならない。

3 ロ号意匠と本件登録意匠との対比

(一) ロ号意匠は、全体形状が本件類似意匠の要部である(1)の特徴と同一であり、同(2)ないし(4)の各特徴をすべて備えている。

同(5)の特徴について、ロ号意匠は掛け杆5及び物干し杆7の枢着部材を「小円盤形の鍔部を突設した集束盤3」としており(ロ号意匠の構成〈2〉〈4〉)、本件類似意匠の集束盤3の形状と略同一である。

したがって、ロ号意匠は、本件類似意匠の要部を模倣しているから、本件登録意匠の類似の範囲内にある。

(二) 被告がロ号意匠と本件登録意匠の相違点としてあげるところ及びロ号意匠中の付加的構成については、イ号意匠に関して前記2(二)の(1)及び(2)において述べたところと同様である。

(三) ロ号意匠も本件登録意匠とは意匠の概念が異なるとの被告の主張については、イ号製品について前記2(三)において述べたところと同様である。

(四) 被告主張の判定は、ロ号意匠を対象としていないから、特許庁は何らの類否判断をしていない。

ロ号意匠は、「上段掛け杆5の先端部に多数の洗濯バサミが吊り下げられている」という本件類似意匠の極めて特徴的な部分を備えているから、ロ号意匠については、判定がイ号意匠をもって本件登録意匠に類似しないとした根拠は妥当しない。

【被告の主張】

1 本件登録意匠の要部

(一) 本件登録意匠における二段式スタンド物干し器具の全体形状(基本的形状)は、本件引例意匠二が特許庁資料館に受け入れられた昭和四〇年七月二一日に既に公知になっていたから、その後の昭和五一年九月七日に出願された本件引例意匠一が新規性を持つと認定されたことは、二段式スタンド物干し器具の全体形状(基本的形状)そのものは公知であるが、二段式スタンド物干し器具を構成する支柱、脚部、上段掛け杆、下段物干し杆の各構成要素の形状(機能美を持つもの)が重視されて、そこに全体的新規性が認められたからに外ならない。

特許庁審査官は、本件登録意匠の出願についての拒絶査定(甲五)において、本件引例意匠一と対比して「両意匠は、基本構成及びその形状において極めて共通する。なお、掛杆の形状における多少の相違は部分的な相違にとどまる」と認定したが、両意匠は脚部、下段物干し杆、上段掛け杆の各形状において異なっており、前記のとおり二段式スタンド物干し器具が昭和四〇年七月二一日に日本において公知になった後も、乙第三号証(実開昭五二-一六〇五三九号公開実用新案公報)、乙第四号証(実公昭五一-五二五二〇号実用新案公報)によって二段式スタンド物干し器具が公知の形状となっていたのであるから、本件引例意匠一の範囲に二段式スタンド物干し器具の全体形状(基本的形状)を含めることはできない。したがって、本件引例意匠一の範囲の中に基本構成とその形状を含ませ、その他の構成の違いを微差とした審査官の右認定は誤りというべきである。

(二) そこで、二段式スタンド物干し器具の意匠についての特許庁の考え方を、本件登録意匠の出願後に出願され、本件登録意匠とは別意匠(非類似)と認定されて登録された二段式スタンド物干し器具の意匠である乙第五、第六号証、第一二ないし第一五号証記載の意匠により検討すると、特許庁は、〈1〉上段掛け杆の本数と孔の有無・数・形状、断面形状及び枢着部の形状を含む掛け杆の形状、〈2〉下段物干し杆の本数と先端の形状、断面形状及び枢着部の形状を含む物干し杆の形状、〈3〉脚部の形状(ステー式か否か)の各構成要素を詳細に、かつ個別的に検討した上で、右各意匠を別意匠として認定したものであり、正当な評価である。したがって、二段式スタンド物干し器具というありふれた商品においては、個々の構成要素の機能からくる形状の差異が別意匠を構成するということができる。

原告は、後願の意匠を類否判断の資料として用いうるのは、後願の意匠登録が無効審判の洗礼を受け、無効原因を包含していないことが明白であるなど特別の事情がある場合に限られると主張するが、後願の意匠が審査の結果登録されたということは、先願の意匠と類似の関係にないと判断されたことを意味し、そして、その結果が意匠公報の形で公開されたとき、国民はその審査結果を前提にして他の意匠を考えていくものであるから、後願の意匠を類否判断の資料として用いうるのは原告のいうような制限された場合に限られるということはない。また、原告は利用関係を主張するようであるが、本件登録意匠の類似の範囲は極めて狭いものであるから、イ号意匠及びロ号意匠との関係では利用関係を云々することはできない。

また、本件引例意匠一が図面代用写真(乙一六の1~4の原本)によって表わされていることからも分かるとおり、二段式スタンド物干し器具が市場に提供されたのは、その出願日頃(昭和五一年頃)であり、その頃から消費者の目に触れるところとなっており、一段式スタンド物干し器具(乙九のもの)は、被告によって昭和五〇年以来販売されていた。更に、それ以前である昭和四六年頃から乙第七号証第4図類似の吊下げ式物干し器具が被告によって販売されており、洗濯バサミを物干し杆の先端に取り付けるものも同様に販売されていたから、物干し器具において物干し杆が放射状上向きに広がり、かつ、物干し杆の先端が「つ」の字形になっているもの、あるいは物干し杆の先端に洗濯バサミを取り付けてあるものは、本件登録意匠の出願前に消費者間に周知となっていた。

よって、本件登録意匠の要部の認定は、右のような事情並びに前記公知意匠及び特許庁の審査の実情を考慮においてなされなければならない。

(三) 以上によれば、本件登録意匠の審美点(要部)は、公知の二段式スタンド物干し器具の基本的形状に付加された、次の(1)ないし(7)の構成全体にあり、その構成が機能を具現するところに美的感覚を生ぜしめるものである。

(1) 上段の掛け杆について、その杆の本数が三本で形状が短冊形平板状であり、掛合用孔の個数が一〇個で形状が矩形であること、

(2) 下段の物干し杆について、その杆の本数が一二本で、形状が角形棒状であり、先端が「つ」の字形をしていること、

(3) 掛け杆と物干し杆がそれぞれ上向き放射状に広がる形状をしていること、

(4) 掛け杆は支柱の上端に、物干し杆は支柱の中央部にそれぞれ固定されていること、

(5) 脚部は四本のステーが下方に広がったものであり、支柱は脚部を構成していないこと、

(6) 枢着部は上下とも公知のものとは少し異なる形状をしていること、

(7) 収納(折畳み)時においては、物干し杆、掛け杆を取り外してこれを逆さに組み立てるので、杆が下方に垂れ下がる形状になること。

したがって、本件登録意匠の類似範囲は右要部から大きく外れることはなく狭いものであるというべきである。

(四) これに対し、原告が本件登録意匠の要部であるとする前記【原告の主張】1(一)の(1)ないし(5)の各点は、以下のとおり新規性を認めることができない。

(1) (1)の基本形状は、本件引例意匠一の形状と全く同じである。

(2) (2)の「上段の掛け杆5と下段の物干し杆7はいずれも『上向き』放射状に広がっていて、花弁が広がっているような美感を生じさせている」形状も、本件引例意匠一と同じである。

(3) (3)の「上段の掛け杆5に小型ハンガー掛合用孔6が穿設されている点」については、乙第六号証記載の意匠も同様であるから、掛け杆に掛合用孔が穿設されているという点のみに新規性を求めることはできない。右乙第六号証記載の意匠では、掛け杆は二本で細長い平板状であり、杆の根元から先端にかけて細くなり、先端は丸く形成され、掛合用孔は楕円形で根元から先端にかけて水平に五個穿設されているから、本件登録意匠における掛け杆の新規部分は、掛け杆が三本で細長い短冊形平板状であり、矩形の掛合用孔が一〇個穿設されているという、極めて狭い範囲の部分ということになる。このことは、杆の本数・全体的形状、掛合用孔の形状・個数が異なれば別意匠となることを示している。

(4) (4)の「下段の物干し杆7の先端部が『つ』の字形クリツプ8とされている点」は、乙第三号証によって既に公知となっており、いわゆる物干し器具において先端を「つ」の字形とすることは乙第七号証によって公知となっていたから、先端の「つ」の字形だけでは消費者はそこに新規性を認めないと考えられる。そうすると、下段の物干し杆の先端が「つ」の字形であっても、全体意匠として他に異なる部分があれば別意匠となる(乙六参照)という意味において、この点は意匠の類否を判断する基準としては重要でない。

(5) (5)の掛け杆5の枢着部材(中央筒)、物干し杆7の枢着部材(集束盤)の形状については、上段の枢着部は乙第三、第四号証記載の意匠とほぼ同じ形状をしており、下段の枢着部は乙第九号証記載の意匠において周知となっているものとほぼ同じ形状である。

そして、二段式スタンド物干し器具について、看者は掛け杆、物干し杆、脚部及び収納(折畳み)の四点を重視し、枢着部自体はさほど重視しないと思われるので、枢着部の形状はその類否判断においてさほど重要でない。

(五) なお、特許庁が本件類似意匠を本件登録意匠の類似意匠と認定したのは誤りと解する外はない。なぜなら、右認定に従えば、前記後願の乙第五、第六号証、第一二ないし第一五号証の各意匠も本件登録意匠の類似意匠とすべきであるからである。例えば、乙第六号証の意匠は、掛け杆の数(二本)と先端(丸形状)、孔の数(五個)と形状(楕円形)、脚部上部の鉢皿状部材の存在の点で本件登録意匠と異なるのみであり、その相違は、本件類似意匠が掛け杆において本件登録意匠と異なる程度よりも小さいにもかかわらず、別意匠として登録されている。また、乙第五号証の意匠は、上部支柱先端の延長部がフック状になっている点で本件類似意匠と異なるだけで別意匠として登録されている。

2 イ号意匠と本件登録意匠との対比

(一) イ号製品は、販売時においては支柱が二本に分けられ、掛け杆、物干し杆、二個のストツパーとともに一つの箱に入れられているので、消費者はそれを自分で組み立てることになるが、脚部を含む支柱以外は好みに応じてあるいは必要に応じて、次のとおり自由な形状に組み立てることができる。

〈1〉 掛け杆と物干し杆の上下位置が固定していないので、消費者は洗濯物の種類によって、掛け杆が上で物干し杆が下、又は掛け杆が下で物干し杆が上という位置関係を自由に設定することができる。

〈2〉 右の位置関係において、掛け杆と物干し杆の距離は可変であるので、消費者は洗濯物の種類によって自由に形状を設定することができる。

〈3〉 下方の杆を取り外すことなく上方に折り畳むことができるので、下方にある杆を使用しないときは、上の杆は開き下の杆は上方に折り畳んだ形状を設定することができる。

〈4〉 全部の杆を折り畳んだときは、杆が上方に集束された形状になる。

〈5〉 掛け杆は二二個の洗濯物を吊り下げることができ、物干し杆は杆の根元と先端のクリツプにより洗濯物を強固に固定することができるという印象をもたらす。

〈6〉 脚部は支柱が床までつき、拡開規制杆を持つ形状であるので、支えが強固であるという印象をもたらす。

商品は実用的なものであるから必ず機能が要求され、この機能が表す形状が美感を生じさせるのである(機能美説)。したがって、商品の機能や構造が外観に表れていれば、その機能・構造ごとに意匠は変わる。また、意匠の類否を判断する基準は消費者が両商品を見て混同するか否かであるから、機能・構造が外観に表れていれば、それは類否判断の対象となる。

本件においても、ありふれた二段式スタンド物干し器具の意匠の類否を判断するのであるから、その機能・構造は重要な判断対象となる。

(二) かかる見地から、イ号意匠を本件登録意匠と対比すると、次のとおり本件登録意匠に類似しないことが明らかである。

(1) 掛け杆

掛け杆の基本形状は、本件登録意匠が短冊形平板状で堅い印象を与えるのに対し、イ号意匠は先端が丸形状で細長い断面I字形であり、柔らかく下方に折れにくい印象を与える。

杆の本数は、本件登録意匠が三本、イ号意匠が二本であり、この違いは一見して明白である。機能面から見ると、三本の方が二本よりたくさんの洗濯物を干すことができるという印象を与えるので、物干し機能に着目する消費者がその違いを見逃すことはない。

杆の掛合用孔は、本件登録意匠が矩形のもの一〇個であるのに対し、イ号意匠は円形透孔六個と鍵穴形孔五個とが交互に一一個であり、孔の数だけでいえば微差といえるが、その形状においてイ号意匠は複雑かつ特異な印象を看者に与えるから、両者の構成は異なる。

(2) 物干し杆

物干し杆の基本形状は、本件登録意匠が断面角形であるのに対し、イ号意匠は断面I字形であり、機能的に下に折れにくいという印象を与える。また、イ号意匠では杆に模様が施されており、装飾美の点でも相違する。

杆の本数は、本件登録意匠が一二本、イ号意匠が二五本であり、物を干す機能が外観に表れているものとして重要な相違である。また、一二本の場合は粗らな感じを与えるが、その二倍強の二五本の場合は空間が杆で埋め尽くされている感じを与える。

「つ」の字形クリツプは、これで洗濯物を固定して風などで落ちないようにする形状であるとの印象を与え、現にそのように機能するところ、本件登録意匠では杆の先端に一個あるだけであるのに対し、イ号意匠では先端と根元の二か所にあり、より強固に洗濯物を固定でき十分な物干しができるという機能美を生じさせるので、看者が両者を混同することはない。なお、いわゆる吊下げ式物干し器具においては、クリツプが先端と根元の二か所にあるものが周知となっているので、看者は物を干す機能という点からこのクリツプの数に直ちに着目するものである。

次に、本件登録意匠では、掛け杆、物干し杆ともやや上向きに放射状に広がっており、イ号意匠では、掛け杆は上向きで反対方向に伸び(二本しかないから放射状ではない)、物干し杆は上向きに放射状に広がっている。しかし、これらを上向き放射状に広げることは、本件引例意匠一によって公知となっており、また、乙第六号証の1・2、第一五号証記載の意匠が独立した意匠となっていることからしても、この上向き放射状の形状の共通性だけをもつて両意匠が類似するということはできない。

(3) 掛け杆と物干し杆の位置関係

本件登録意匠では、掛け杆は支柱の上端に、物干し杆は支柱の中央部にあり、ともにその位置は不変であるのに対し、イ号意匠では、掛け杆及び物干し杆は、ストツパーを用いて支柱の脚部上方のいずれの位置にも止めることができ、掛け杆と物干し杆の相互の上下の位置関係及び距離は可変である。このように、本件登録意匠は固定的であるのに対し、イ号意匠は不定であるから、両者の形状は異なり、看者において混同することはない。

(4) 脚部

脚部は二個の杆を支える重要なものであるから、物干し機能を持つ杆の形状とともに、看者の注意を惹く部分であるところ、イ号意匠は、本件登録意匠とは異なり、支柱が床まで伸びて力強い印象を与えるとともに、拡開規制杆によって完全に拡開しているか否かをチエツクできるという機能美を表し、ステーが丸棒で先端にキヤツプが付けられていることから柔らかみと室内において使用する場合の床の保護に対する配慮を感じさせるものであり、その他ステーが四角錐を形成する本件登録意匠に対し、三角錐を形成するという相違と相俟って、看者は本件登録意匠と異なるものであることを直ちに知覚しうる。

(5) 枢着部

枢着部は物干し機能を表すものとしては直接的でないので看者の注意を惹くことは少ないと思われるが、両意匠におけるその形状は異なる。

(6) 収納(折り畳み)時の形状

収納時において、本件登録意匠では、掛け杆や物干し杆を支柱から一旦外し、これらを逆さまにして嵌め直した上で折り畳むものであるから、杆は支柱に沿って下方に集束する形状となるのに対し、イ号意匠では、掛け杆や物干し杆を支柱から外すことなく、そのままの状態で支柱に沿って上方に折り畳めばよいから、杆は支柱に沿って上方に集束する形状となり、全く別異の形状となる。

(三) のみならず、そもそも、イ号製品は形状が不特定の商品であるから、本件登録意匠のような固定した形状の意匠とは意匠の概念が異なり、類否判断の対象とはなりえないというべきである。

すなわち、本件登録意匠は、掛け杆と物干し杆が固定していて、その相互の変換がないので、意匠としては意匠公報に記載されているものに限定される。これに対し、イ号製品においては、前記(一)のとおり掛け杆と物干し杆の上下の位置関係及び距離は消費者が自由に定めるものであるから、物干し器具として組み立てたときの意匠は特定せず、本件登録意匠の基本形状と同じ基本形状になるかは全く不明であり、仮に消費者が同一の基本形状に組み立てることがあるとしても、その基本形状を消費者が永久に維持するという保証もない。

このような場合に、千差万別の意匠を実現できる機能を持つイ号製品を、固定した形状の意匠しか有しない本件登録意匠の類似範囲に含めることは、本件登録意匠に過剰な保護を与えることになるとともに、イ号製品を不当に不利益に扱うことになる。

(四) なお、原告がイ号意匠は本件登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するとの判定を求めた判定請求事件(特許庁平成四年判定請求第六〇〇二五号)において、特許庁は、平成七年一一月三〇日付で、「本件判定の請求は成り立たない。」との判定をした。

3 ロ号意匠と本件登録意匠との対比

(一) ロ号製品も、イ号製品と同様、販売時においては支柱が二本に分けられ、掛け杆、物干し杆、二個のストツパーとともに一つの箱に入れられているので、消費者はそれを自分で組み立てることになるが、脚部を含む支柱以外は好みに応じてあるいは必要に応じて自由な形状に組み立てることができる。その結果、イ号製品について前記2(一)において述べたところがそのままあてはまる。

但し、ロ号製品は、イ号製品とは掛け杆の形状が異なることに伴い、その〈5〉は、掛け杆については、一五個の洗濯物を吊り下げることができるとともに、先端部の「つ」の字形クリツプのために物干し杆と同様な使用方法で洗濯物を強固に固定することができるという印象をもたらす、ということになる。

(二) 右(一)の見地から、ロ号意匠を本件登録意匠と対比すると、本件登録意匠に類似しないことが明らかである。

その詳細は、(1)の掛け杆の対比及び(2)の物干し杆における上向き放射状の広がりの対比の点が次のとおり異なる外は、イ号意匠と本件登録意匠の相違について前記2(二)において述べたところと同じである。

(1) 掛け杆

掛け杆の基本形状は、本件登録意匠が短冊形平板状で堅い印象を与えるのに対し、ロ号意匠は細長い断面I字形で下方に折れにくい印象を与える。また、ロ号意匠では、杆の先端が二つに分かれ、一方は下方に曲がり洗濯バサミ一個を吊り下げ、他方は上に曲がって「つ」の字形クリツプを形成しており、本件登録意匠における小型ハンガー掛合用孔とは機能が全く異なる。

杆の本数は、本件登録意匠が三本、ロ号意匠が一五本であり、この違いは一見して明白である。機能面から見ると、一五本の方が三本よりたくさんの洗濯物を干すことができるという印象を与えるので、物干し機能に着目する消費者がその違いを見逃すことはない。

洗濯物を干す際、本件登録意匠では、掛合用孔に洗濯バサミを掛けるなどして干すのに対し、ロ号意匠では、先端の洗濯バサミで挟んで干すとともに、クリツプで挟んで杆に掛けて干すことが同時に可能であるという機能が表れており、両者の形状から生ずる機能美は全く異なる。

(2) 物干し杆

本件登録意匠もロ号意匠も、掛け杆及び物干し杆がいずれもやや上向きに放射状に広がっており、この点においては同一の構成である。しかし、これらを上向き放射状に広げることは、本件引例意匠一によって公知となっており、また、乙第六号証の1・2、第一五号証記載の意匠が独立した意匠となっていることからしても、この上向き放射状の形状の共通性だけをもって両意匠が類似するということはできない。

(三) ロ号製品も、本件登録意匠とは意匠の概念が異なることは、イ号製品について2(三)において述べたところと同様である。

(四) なお、ロ号意匠を本件登録意匠と対比するにつき、イ号製品についての特許庁の判定の手法と同様の手法を用いると、イ号製品の場合よりも、本件登録意匠との間で公知でかつ共通する構成が少なくなるから、なおさら本件登録意匠に類似しないということになる。

二  争点二(本件意匠権に基づき被告製品の製造販売等の差止めを求めることは権利の濫用に当たるか)について

【被告の主張】

仮に前記一の2(三)及び3(三)の主張が理由がないとしても、右主張のような事情のもとで原告が本件意匠権に基づき被告製品の製造販売等の差止めを求めることは、権利の濫用に当たるというべきである。

三  争点三(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対し賠償すべき損害の額)について

【原告の主張】

1 被告は、昭和六三年一月一日から同年八月末日までの八か月間、イ号製品及びロ号製品をそれぞれ単価二六〇〇円で月間二五〇〇本(合計二万本)ずつ販売し、両方で合計一億〇四〇〇万円の売上げを得た。被告製品の粗利益率は三〇%であるから、被告は、被告製品の販売により、右売上額に右利益率を乗じた三一二〇万円の利益を得た。

2 したがって、原告は、意匠法三九条一項により、被告の得た利益三一二〇万円と同額の損害を被ったものと推定される。

第五  争点一(イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に類似するものであるか 1〔本件登録意匠の要部〕、2〔イ号意匠と本件登録意匠との対比〕及び3〔ロ号意匠と本件登録意匠との対比〕)に対する判断

一  本件登録意匠の構成は、前記第二の一2記載のとおりであり、その全体の基本的形状は、細長い丸棒状の上部支柱1及び下部支柱2をまっすぐに繋ぎ合わせた支柱部、支柱部の上端に取り付けられた掛け杆部、支柱部の中央部(上部支柱1と下部支柱2の繋ぎ目部)に取り付けられた物干し杆部並びに支柱部の下端に取り付けられた脚部9により構成され、掛け杆部は支柱部から外方に向かう複数の板状の掛け杆5と枢着部材から成り、物干し杆は支柱部を中心として放射状に外方に向かう多数の細長い棒状の物干し杆7と枢着部材(集束盤3)から成り、脚部9は支柱部を中心として斜下方に放射状に開く複数のステー10から成る、というものであることが認められ、前記第二の二1のとおりの構成であるイ号意匠及び同2のとおりの構成であるロ号意匠の全体の基本的形状も、通常の使用態様のもとではこれと同様であることが認められる。

しかしながら、いずれも本件登録意匠の出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された意匠である、昭和五四年一月三〇日登録(同年五月一日意匠公報発行)の本件引例意匠一(甲八の7、乙一、乙一六の1~4〔願書添付の図面代用写真を複写したもの〕)、昭和四〇年七月二一日特許庁資料館受入の本件引例意匠二(甲一〇の4、乙二の2)並びに昭和五二年一二月六日出願公開の実開昭五二-一六〇五三九号公開実用新案公報(乙三)及び昭和五一年一二月一五日出願公告の実公昭五一-五二五二〇号実用新案公報(乙四)において示されている物干し器具の実施例に係る意匠も、その全体の基本的態様は、本件登録意匠と同様、細長い丸棒状の上部支柱及び下部支柱をまっすぐに繋ぎ合わせた支柱部、支柱部の上端に取り付けられた掛け杆部、支柱部の中央部(上部支柱と下部支柱の繋ぎ目部)に取り付けられた物干し杆部並びに支柱部の下端に取り付けられた脚部により構成され、掛け杆部は支柱部から外方に向かう複数の板状の掛け杆と枢着部材から成り、物干し杆部は支柱部を中心として放射状に外方に向かう多数の細長い棒状の物干し杆と枢着部材から成り、脚部は支柱部を中心として斜下方に放射状に開く複数のステーから成る、というものであることが認められ、右の本件登録意匠の全体の基本的形状自体は、昭和四〇年頃から存在する二段式スタンド物干し器具としてきわめてありふれた形態のものであるというべきであって、需要者の注意を惹くものとは考えられないから、本件登録意匠の要部とはならないというべきである。したがって、イ号意匠及びロ号意匠が通常の使用態様のもとで右全体の基本的形状において本件登録意匠と一致するからといって、直ちに本件登録意匠に類似するということはできない。

そして、前記支柱部については、前記したところ以上に具体的形状というものは存しないから、本件登録意匠の要部は、掛け杆部、物干し杆部及び脚部のそれぞれの部位における具体的形状にあるということになる。本件登録意匠の要部についての当事者の主張中、右説示に反する部分はいずれも採用することができない。

原告は、本件登録意匠の要部が第四の一【原告の主張】1(一)記載の(1)ないし5の点であることは、被告援用の公知意匠(本件引例意匠一、本件引例意匠二、乙三、四)にはこれらの特徴を一体的に備えたものは存在しないことから明らかである旨主張するが、右の各点のすべてを一体的に備えた物干し器具の意匠は公知意匠の中に存在しないとしても、意匠の各部分が均等に需要者の注意を惹くというものではなく、自ずから需要者の注意を強く惹く部分と惹かない部分とがあるのであって、本件登録意匠中の個々の点が物干し器具に関する公知意匠において個々的に示された結果、物干し器具の意匠としてありふれた形状であると判断される場合には、かかる点は需要者の注意を強く惹くことはなく、要部とはいえないから、右主張は採用することができない。

一方、被告は、そもそも、被告製品は形状が不特定の商品であるから、本件登録意匠のような固定した形状の意匠とは意匠の概念が異なり、類否判断の対象とはなりえないというべきであって、すなわち、本件登録意匠は、掛け杆と物干し杆が固定していてその相互の変換がないので、意匠としては意匠公報に記載されているものに限定されるのに対し、被告製品においては、掛け杆と物干し杆の上下の位置関係及び距離は消費者が自由に定めるものであるから、物干し器具として組み立てたときの意匠は特定せず、本件登録意匠の基本形状と同じ基本形状になるかは全く不明であり、仮に消費者が同一の基本形状に組み立てることがあるとしても、その基本形状を消費者が永久に維持するという保証もない旨主張する(前記第四の一【被告の主張】2(三)及び3(三))。

確かに、検甲第一号証の1・2(イ号製品の現物及びこれを収納している包装箱)、第二号証の1・2(ロ号製品の現物及びこれを収納している包装箱)、検乙第二ないし第二〇号証(イ号製品の写真)、第二一ないし第三九号証(ロ号製品の写真)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品は、販売時においては、上部支柱、脚部付の下部支柱、掛け杆、物干し杆、ストツパーに分解して一つの包装箱に収納されており、これを購入した消費者が自分で組み立てるものであって、掛け杆と物干し杆を支柱に嵌める順序を逆にし、ストツパーの係止位置を調節することによって、掛け杆と物干し杆相互の上下の位置関係及び距離を自由に設定して組み立てることができるものと認められる。しかしながら、右検甲第一、第二号証の各1及び検乙第二ないし第三九号証によれば、被告製品が消費者によって通常使用される態様は、掛け杆を上部支柱の上端部に、物干し杆を支柱全体の中央部近傍ないしその近接位置にそれぞれストツパーで係止した状態(別紙(イ)号図面の第1図ないし第4図、第10図、(ロ)号図面の第1、第2、第6、第7、第10図に示される状態)であると認められ、そして、前記のような意匠の変化はイ号意匠及びロ号意匠の形状から容易に推測できるところであるから(しかも、意匠公報のA-A端面図によれば、本件登録意匠においても、明示的に記載されてはいないものの、掛け杆と物干し杆相互の上下の位置関係は変えようと思えば変えられることが明らかである)、イ号意匠及びロ号意匠を本件登録意匠と対比するに当たっては、右のような被告製品の通常の使用態様のもとでの形状を対比すべきものである。したがって、右被告の主張も採用することができない。

二  そこで、掛け杆部、物干し杆部及び脚部のそれぞれの部位における具体的形状について、当事者双方の主張を参酌しつつ、イ号意匠(前記第二の二1)及びロ号意匠(同2)と本件登録意匠(第二の一2)との類否を検討することとする。

1  各部位における具体的形状について、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とは、次の点で一致する(特に指摘しないものは、イ号意匠及びロ号意匠共通のものである)。

〈1〉 掛け杆及び物干し杆がいずれも「やや上向き」放射状に広がっている(但し、イ号意匠の掛け杆は、「やや上向き」で反対方向に延びている)。

〈2〉 掛け杆に小型ハンガー掛合用孔が穿設されている(イ号意匠)。

〈3〉 物干し杆の先端部が上向き「つ」の字形クリツプとされている。

〈4〉 掛け杆の枢着部材が短い円筒状キヤツプである(本件登録意匠における中央筒12、イ号意匠における基管12)。

〈5〉 物干し杆の枢着部材が短い円筒状の基部に端面の上側方にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した集束盤である。

〈6〉 掛け杆の長さは脚部を含む支柱全体の約四分の一とされ(イ号意匠)、物干し杆は掛け杆より長く、脚部のステーの高さが脚部を含む支柱全体の約五分の一である。

一方、各部位における具体的形状について、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とは、次の点で相違する。

(1) 掛け杆は、本件登録意匠では、細長い平板状で、本数が三本であり、これに矩形の小型ハンガー掛合用孔が一〇個穿設されているのに対し、イ号意匠では、先端が丸形状の細長い断面I字形で、本数が二本であり、これに小型ハンガー掛合用孔として円形透孔六個と鍵穴形孔五個とが交互に穿設されており、ロ号意匠では、断面I字形の細長い棒状で、本数が一五本であり、掛合用孔は存在せず、二股に分かれた下方の先端部にそれぞれ一個の洗濯バサミが吊り下げられており、上方の先端部が小さな上向き「つ」の字形クリツプとされている。

(2) 物干し杆は、本件登録意匠では、断面角形で、本数が一二本であり、上向き「つ」の字形クリツプとされているのは杆の先端部だけであるのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、断面I字形で溝部に波形模様を浮き上がらせてあり、本数が二五本であり、杆の先端部だけでなく根元部も上向き「つ」の字形クリツプとされている。

(3) 掛け杆の枢着部材は、本件登録意匠では、短い円筒状キヤツプの中央筒(のみ)であるのに対し、イ号意匠では、短い円筒状キヤツプの基管がリング状の本体に可動片が螺着されたストツパーで係止されるようになっており、ロ号意匠では、下位集束盤と同様の、短い円筒状の基部に端面にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した上位集束盤であり、これがリング状の本体に可動片が螺着されたストツパーで係止されるようになっている。

(4) 物干し杆の枢着部材である集束盤は、イ号意匠及びロ号意匠では、本件登録意匠には存在しないストツパーによって係止されるようになっている。

(5) 脚部において、本件登録意匠では、ステーのみで物干し器具全体を支えるようになっているのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、下部支柱の下端部が基部の挿通孔から突き出てステーとともに物干し器具全体を支えるようになっている。

(6) 脚部は、本件登録意匠では、ステーが四本で、略半円状の四個の螺着板よりなる基部から広げられているのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、ステーが三本で、ステー上方部と基部下方の下部支柱との間に杆状の拡開規制杆が設けられ、該拡開規制杆の一方の端部は二股となっていてステーを把持するとともにステーに枢支され、他方の端部は下部支柱が挿通する円筒に取り付けられた挟持板に挟持されるともにこれに枢支されている。

(7) 掛け杆の長さは、本件登録意匠では脚部を含む支柱全体の約四分の一とされているのに対し、ロ号意匠では脚部を含む支柱全体の約八分の一とされており、また、脚部のステーの放射状展開先端部の位置が、本件登録意匠では、掛け杆の放射状展開先端部の位置より内側になるようにされているのに対し、イ号意匠では、掛け杆の先端部の位置と略同位置に、ロ号意匠では、掛け杆の放射状展開先端部の位置より相当外側で、物干し杆の放射状展開先端部の位置と略同位置になるようにされている。

しかして、被告は、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠との相違点として、掛け杆と物干し杆の位置関係(前記第四の一【被告の主張】2(二)(3)及び3(二))及び収納(折り畳み)時の形状(同2(二)(6)及び3(二))を挙げ、前者に関して、本件登録意匠では、掛け杆は支柱の上端に、物干し杆は支柱の中央部にあり、ともにその位置は不変であるのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、掛け杆及び物干し杆はストツパーを用いて支柱の脚部上方のいずれの位置にも止めることができ、掛け杆と物干し杆の相互の上下の位置関係及び距離は可変であって、このように本件登録意匠は固定的であるのに対しイ号意匠は不定であるから、両者の形状は異なり、看者において混同することはない旨主張し、後者に関して、収納時において、本件登録意匠では、掛け杆や物干し杆を支柱から一旦外し、これらを逆さまにして嵌め直した上で折り畳むものであるから、杆は支柱に沿って下方に集束する形状となるのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、掛け杆や物干し杆を支柱から外すことなく、そのままの状態で支柱に沿って上方に折り畳めばよいから、杆は支柱に沿って上方に集束する形状となり、全く別異の形状となる旨主張するが、前記一末尾説示のとおり、イ号意匠及びロ号意匠を本件登録意匠と対比するに当たっては、被告製品の通常の使用態様のもとでの形状を対比すべきものであるから、右被告主張の点をイ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠との相違点として捉えるのは相当でない。

2  右1に挙げた一致点について検討するに、以下のとおり、いずれもイ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠との類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえない。

(一) 一致点〈1〉の、掛け杆及び物干し杆がいずれも「やや上向き」放射状に広がっている(但し、イ号意匠の掛け杆は、「やや上向き」で反対方向に延びている)との点について、原告は、花弁が広がっているような美感を生じさせていて本件登録意匠の要部を構成する旨主張する。

確かに、右一に説示したような基本的形状の物干し器具において、掛け杆及び物干し杆がいずれも「やや上向き」放射状に広がっている形状の意匠が本件登録意匠の意匠登録出願前に存在したとの事実を認めるに足りる証拠はない(本件引例意匠一の掛け杆は、その正面図等及び乙第一六号証の1によればごくわずか上向きであることが窺われ、その物干し杆も、乙第一六号証の4によればごくわずか上向きであることが窺われるものの、注意深く観察しない限りほとんど水平に見えるものと認められる)。

しかし、本件登録意匠における掛け杆及び物干し杆の「やや上向き」の角度は、水平に近い小さいものであって、本件登録意匠の掛け杆及び物干し杆が花弁が広がっているような美感を生じさせているとすれば、本件引例意匠一及び本件引例意匠二における掛け杆及び物干し杆も花弁が広がっているような美感を生じさせているということができ、その美感に大差はない上、乙第九号証(昭和五四年三月二七日登録、同年七月一〇日発行の第五〇三六七七号の類似一の意匠公報)によれば、物干し杆のみの一段式スタンド物干し器具についてとはいえ、物干し杆が本件登録意匠における掛け杆及び物干し杆の「やや上向き」の角度と同程度に「やや上向き」放射状に広がっている形状の意匠が本件登録意匠の出願前に公知となっていたことが認められ、また、そもそも細長い形状で一方の端部しか支えられていない掛け杆及び物干し杆に水分を含んだ洗濯物を掛ける以上、掛け杆及び物干し杆をやや上向きにすることは極めて自然なことである(現に、右のとおり、本件引例意匠一の掛け杆及び物干し杆も、注意深く観察すればごくわずか上向きである)から、本件登録意匠における掛け杆及び物干し杆がいずれも「やや上向き」放射状に広がっている点が特に需要者の注意を惹くものということはできない。

したがって、被告製品が右〈1〉の点で本件登録意匠と一致するからといって、そのことが本件登録意匠との類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえない(更に、イ号意匠の掛け杆については、本数が二本であるから、やや上向きで反対方向に延びているだけであり、放射状に広がっているとはいえず、したがって、花弁のような美感を生じさせているとも到底いえない)。

(二) 一致点〈2〉の、掛け杆に小型ハンガー掛合用孔が穿設されている(イ号意匠)との点について、原告は、本件登録意匠の要部を構成する旨主張する。

掛け杆に小型ハンガー掛合用孔が穿設されている形状の意匠が本件登録意匠の出願前に存在したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、本件登録意匠において掛け杆に小型ハンガー掛合用孔が穿設されている構成自体は、極めて単純なものであるから、小型ハンガー掛合用孔が穿設されているという点で一致するとしても、掛け杆自体や掛合用孔の形状、個数及び穿設の態様が相当程度異なれば、掛け杆自体引いては物干し器具の全体的な美感を異にするに至ることは明らかである(例えば本件登録意匠と乙第六号証〔昭和六一年五月九日出願、昭和六三年一一月一五日登録の第七五五八九二号意匠公報〕記載の意匠との対比)。そして、前記1認定の相違点(1)によれば、掛け杆は、本件登録意匠では、細長い平板状で、本数が三本であり、これに矩形の小型ハンガー掛合用孔が一〇個穿設されているのに対し、イ号意匠では、先端が丸形状の細長い断面I字形で、本数が二本であり、これに小型ハンガー掛合用孔として円形透孔六個と鍵穴形孔五個とが交互に穿設されているのであって、本件登録意匠では、需要者に対し堅い単純素朴な印象を与えるのに対し、イ号意匠では、掛け杆の形状において柔らかで丈夫な印象を与えるとともに、本数が二本であるため掛け杆全体としては本数が三本で立体感のある本件登録意匠とは異なり立体感に欠け、掛合用孔の形状等において複雑かつ緻密な印象を与え、両意匠に相当異なる美感を生じさせるということができる。

(三) 一致点〈3〉の、物干し杆の先端部が上向き「つ」の字形クリツプとされているとの点について、原告は、本件登録意匠の要部を構成する旨主張する。

しかしながら、乙第三号証(昭和五二年一二月六日出願公開の実開昭五二-一六〇五三九号公開実用新案公報)によれば、二段式のスタンド物干し器具において物干し杆の先端部が上向き「つ」の字形クリツプとされている形状が本件登録意匠の出願前に公知となっていたことが認められ、乙第七号証(昭和五一年六月一〇日出願公開の実開昭五一-七四一二八号公開実用新案公報)によれば、一段式の吊下げ式物干し器具において物干し杆の先端部及び根元部が上向き「つ」の字形クリツプとされている形状が、前掲乙第九号証によれば、一段式のスタンド物干し器具の物干し杆の先端部及び根元部が上向き「つ」の字形クリツプとされている形状がそれぞれ本件登録意匠の出願前に公知となっていたことが認められるから、物干し杆の先端部が上向き「つ」の字形クリツプとされている点は、本件登録意匠の出願前公知のありふれた形状にすぎず、需要者の注意を強く惹くものとは認められない。原告は、右乙第三号証につき、物干し杆の先端部に折曲部が設けられているが、これは本件登録意匠の「つ」の字形クリツプのように大きく優美なものではなく形状が異なるから、「つ」の字形クリツプとはいえないと主張するが、右にいう折曲部は「つ」の字形クリツプと呼ぶに相応しいものであり、本件登録意匠における「つ」の字形クリツプと顕著な差があるとはいえないのみならず、右乙第七、第九号証の物干し器具における「つ」の字形クリツプはまさに原告のいう「大きく優美なもの」ということができる。また、原告は、右乙第七、第九号証の物干し器具は本件登録意匠と形状を異にする旨主張するが、右のようにそれぞれ一段式の吊下げ式物干し器具、一段式のスタンド物干し器具であって、本件登録意匠のように二段式のスタンド物干し器具ではないものの、問題の形状は物干し器具の一構成部分である物干し杆の先端部に関するものであるから、その物干し杆が構成する物干し器具が二段式のスタンド物干し器具であるか否かによって需要者に与える美感に顕著な差異があるとはいえない。

加えて、前記1認定の相違点(2)によれば、物干し杆は、本件登録意匠では、本数が一二本であり、上向き「つ」の字形クリツプとされているのは杆の先端部だけであるのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、本数が二五本であり、杆の先端部だけでなく根元部も上向き「つ」の字形クリツプとされているのであって、前記(一)のとおり、本件登録意匠の物干し杆が花弁が広がっているような美感を生じさせているとすれば、本件引例意匠一及び本件引例意匠二における物干し杆が花弁が広がっているような美感を生じさせているのと大差がなく、その花弁はいわば単なる花弁であるが、イ号意匠及びロ号意匠では、物干し杆の根元部も「つ」の字形クリツプとされていることにより、その本数が本件登録意匠の一二本に対して二五本というようにより密であることと相俟って、根元部の「つ」の字形クリツプ全体がいわば舌状花と管状花から成る向日葵の頭花における管状花を思わせる形状をしているから、本件登録意匠とは異なる美感を起こさせるものというべきである。

(四) 一致点〈4〉の、掛け杆の枢着部材が短い円筒状キヤツプである(本件登録意匠における中央筒12、イ号意匠における基管12)との点について、原告は、本件登録意匠の要部を構成する旨主張する。

掛け杆の枢着部材の構成は、折り畳み可能な二段式のスタンド物干し器具における折り畳み機能が外観に現れたものとして無視することはできないが、物干し器具全体に占める割合が物干し杆本体と比べて小さいから、意匠の類否判断に及ぼす影響はさほど大きくないというべきである。しかも、前記1認定の相違点(3)によれば、掛け杆の枢着部材は、本件登録意匠では、短い円筒状キヤツプの中央筒(のみ)であるのに対し、イ号意匠では、短い円筒状キヤツプの基管がリング上の本体に可動片が螺着されたストツパーで係止されるようになっているのであって、掛け杆の枢着部材の構成に着目するとすれば、イ号意匠では本件登録意匠には存在しないストツパーが存在することにより、本件登録意匠とは違った印象を与えるものといわなければならない。

(五) 一致点〈5〉の、物干し杆の枢着部材が短い円筒状の基部に端面の上側方にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した集束盤であるとの点について、原告は、本件登録意匠の要部を構成する旨主張するが、この点については、イ号意匠と本件登録意匠における掛け杆の枢着部材について右(四)に説示したところと同様である。

(六) 一致点〈6〉の、掛け杆の長さは脚部を含む支柱全体の約四分の一とされ(イ号意匠)、物干し杆は掛け杆より長く、脚部のステーの高さが脚部を含む支柱全体の約五分の一であるとの点については、そのうち、掛け杆の長さは脚部を含む支柱全体の約四分の一とされ(イ号意匠)、脚部のステーの高さが脚部を含む支柱全体の約五分の一であるとの点は、右比率に近い形状のものが本件引例意匠一により本件登録意匠の出願前に公知となっていたことが認められるから、需要者の注意を惹く部分とはいえない。物干し杆が掛け杆より長いとの点は、これだけで意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえない。

3  次に前記1認定の相違点について検討する。

(一) イ号意匠と本件登録意匠との相違点(1)については、本件登録意匠では、需要者に対し堅い単純素朴な印象を与えるのに対し、イ号意匠では、掛け杆の形状において柔らかで丈夫な印象を与えるとともに、本数が二本であるため掛け杆全体としては三本で立体感のある本件登録意匠とは異なり立体感に欠け、掛合用孔の形状等において複雑かつ緻密な印象を与え、両意匠に相当異なる美感を生じさせることは、前記2(二)説示のとおりである。

また、ロ号意匠と本件登録意匠との相違点(1)については、掛け杆が、本件登録意匠では、細長い平板状で、本数が三本であり、これに矩形の小型ハンガー掛合用孔が一〇個穿設されているのに対し、ロ号意匠では、断面I字形の細長い棒状で、本数が一五本であり、掛合用孔は存在せず、二股に分かれた下方の先端部にそれぞれ一個の洗濯バサミが吊り下げられており、上方の先端部が小さな上向き「つ」の字形クリツプとされているというものであって、その物干し器具における掛け杆としての機能の差がもたらす印象は大きく異なるものである。

原告は、掛け杆におけるロ号意匠と本件登録意匠との右の相違点について、本件登録意匠の類似意匠である本件類似意匠では、細長い棒状で、本数が一二本であり、先端部と略中央部に各一個の洗濯バサミが吊り下げられているとし、このように本件登録意匠を右の各点において本件類似意匠のとおりに変化させた形状は本件登録意匠の類似範囲内にあるとされているのであるから、本件登録意匠に右変化と同質、同等の変化を加えた本件類似意匠以外の形状のものは、本件類似意匠と同様に本件登録意匠の類似範囲にある旨主張するが(前記第四の一【原告の主張】1(四))、類似意匠制度は、本意匠が本来観念的に有しているこれに類似する意匠の範囲を明確にするために予め本意匠に類似する意匠を登録しておくものであり、したがって、本件類似意匠と実質的に同一のものは本件登録意匠の類似の範囲内にあるということができるとしても、直ちに原告主張のように本件登録意匠に本件類似意匠における右変化と同質、同等の変化を加えた本件類似意匠以外の形状のものは本件登録意匠の類似範囲にあるということはできず、ロ号意匠が本件類似意匠と実質的に同一といえないことは明らかである。

(二) イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠との相違点(2)が本件登録意匠とは異なる美感を起こさせることは前記2(三)説示のとおりである。

原告は、イ号意匠及びロ号意匠における物干し杆の根元部の「つ」の字形クリツプは付加的構成であるとし、まず、これは、相当程度に複雑な物干し器具のうちのごく微細な要素でしかなく、多数つけられた物干し杆は上向き放射状になっており、通常の態様では看者は右根元部の「つ」の字形クリツプを視認することが困難であると主張するが(前記第四の一【原告の主張】2(二)(2)及び3(二))、前示のとおり物干し杆の「やや上向き」の角度は水平に近い小さいものであり、証拠(検甲一、二の各1、検乙七、二八)によれば、通常の使用態様のもとでは需要者は物干し杆を斜め上から見下ろす形になるから、右根元部の「つ」の字形クリツプは、原告の主張とは逆に目につきやすい部分であると認められる。

また、原告は、掛け杆の先端部に「つ」の字形クリツプを設けることは、被告が昭和六三年にイ号製品の製造販売を開始する前から乙第一二号証(昭和五六年七月二三日登録の意匠公報)により公知となっていたものであり、これを物干し杆根元部に設けることは同先端部に設けた「つ」の字形クリツプを根元部に転用して付加したにすぎないから、右付加によりイ号意匠及びロ号意匠が本件登録意匠と美感を異にするものでないことはなおさらのことである旨主張するが、「つ」の字形クリツプを物干し杆根元部に設けることは、公知の掛け杆の先端部に設けた「つ」の字形クリツプを根元部に転用したものにすぎないとしても、だからといって直ちに美感を異ならせるものでないとはいえないのであって、前記2(三)のとおり、本件登録意匠の物干し杆が花弁が広がっているような美感を生じさせているとすれば、本件引例意匠一及び本件引例意匠二における物干し杆が花弁が広がっているような美感を生じさせているのと大差がなく、その花弁はいわば単なる花弁であるが、イ号意匠及びロ号意匠では、物干し杆の根元部も「つ」の字形クリツプとされていることにより、その本数が本件登録意匠の一二本に対して二五本というようにより密であることと相俟って、根元部の「つ」の字形クリツプ全体がいわば舌状花と管状花から成る向日葵の頭花における管状花を思わせる形状をしているから、本件登録意匠とは異なる美感を起こさせるものというべきである。

原告は更に、仮に右付加的構成に美感上何らかの意味を認めるとしても、イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠をそっくり含んだ上で右付加的構成があるという関係にあるから、本件登録意匠を利用するものであり、意匠法二六条により原告の許諾を得ない限りこれを実施することはできないと主張するが、イ号意匠及びロ号意匠は、前記1説示の本件登録意匠との相違点の存在から本件登録意匠をそっくり含んだものといえないことは明らかである。

なお、相違点(2)のうち、物干し杆が、本件登録意匠では断面角形であるのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では断面I字形で溝部に波形模様を浮き上がらせてあるとの点は、両意匠の類否判断にさほど大きな影響を及ぼすものとは認められない。

(三) 相違点(3)の、掛け杆の枢着部材は、本件登録意匠では短い円筒状キヤツプの中央筒(のみ)であるのに対し、イ号意匠では短い円筒状キヤツプの基管がリング状の本体に可動片が螺着されたストツパーで係止されるようになっており、ロ号意匠では下位集束盤と同様の、短い円筒状の基部に端面にまるみをつけた小円盤形の鍔部を突設した上位集束盤であり、これがリング状の本体に可動片が螺着されたストツパーで係止されるようになっているとの点については、前記2(四)のとおり、掛け杆の枢着部材の構成は折り畳み可能な二段式のスタンド物干し器具における折り畳み機能が外観に現れたものとして無視することはできないが、物干し器具全体に占める割合が物干し杆本体と比べて小さいから、意匠の類否判断に及ぼす影響はさほど大きくないというべきである。

(四) 相違点(4)の、物干し杆の枢着部材である集束盤は、イ号意匠及びロ号意匠では本件登録意匠には存在しないストツパーによって係止されるようになっているとの点については、右(三)において掛け杆の枢着部材について説示したとおりである。

(五) 相違点(5)の、脚部において、本件登録意匠では、ステーのみで物干し器具全体を支えるようになっているのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、下部支柱の下端部が基部の挿通孔から突き出てステーとともに物干し器具全体を支えるようになっているとの点、相違点(6)の、脚部は、本件登録意匠では、ステーが四本で、略半円状の四個の螺着板よりなる基部から広げられているのに対し、イ号意匠及びロ号意匠では、ステーが三本で、ステー上方部と基部下方の下部支柱との間に杆状の拡開規制杆が設けられ、該拡開規制杆の一方の端部は二股となっていてステーを把持するとともにステーに枢支され、他方の端部は下部支柱が挿通する円筒に取り付けられた挟持板に挟持されるともにこれに枢支されているとの点について、本件登録意匠及びイ号意匠、ロ号意匠に係る二段式のスタンド物干し器具においては、その構造上相当の高さになり、しかも水分を含んだ洗濯物の荷重が加わる物干し器具全体を脚部のみによって支えるものであるから、それが倒れにくく安定して立つものであるかどうかは需要者の注意を強く惹くものであるところ、右のような相違点により、イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に比べて脚部が強固でしっかり物干し器具全体を支えるという印象を与えるものであり、更に、相違点(7)のとおり、掛け杆の長さは、本件登録意匠では脚部を含む支柱全体の約四分の一とされているのに対し、ロ号意匠では脚部を含む支柱全体の約八分の一とされており、また、脚部のステーの放射状展開先端部の位置が、本件登録意匠では掛け杆の放射状展開先端部の位置より内側になるようにされているのに対し、イ号意匠では掛け杆の先端部の位置と略同位置に、ロ号意匠では掛け杆の放射状展開先端部の位置より相当外側で、物干し杆の放射状展開先端部の位置と略同位置になるようにされているのであって、すなわち、本件登録意匠では、脚部のステーの放射状展開先端部の位置が、脚部を含む支柱全体の約四分の一の長さの掛け杆(及びこれよりやや長い物干し杆)の放射状展開先端部の位置より内側になるようにされていて、需要者に対し極めて不安定な印象を与えるのに対し、イ号意匠では、脚部のステーの放射状展開先端部の位置が、脚部を含む支柱全体の約四分の一の長さの掛け杆(及びこれよりやや長い物干し杆)の展開先端部の位置と略同位置であり、ロ号意匠では、脚部を含む支柱全体の約八分の一の長さの掛け杆の射状展開先端部の位置より相当外側で、長さが掛け杆の約二倍である物干し杆の放射状展開先端部の位置と略同位置になるようにされていて安定した印象を与えるということができ、右の相違点(5)ないし(7)が相俟って、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠とが二段式のスタンド物干し器具として需要者に与える安定感には格段の差があるといわなければならない。

原告は、右相違点(6)のイ号意匠及びロ号意匠におけるステーの拡開規制杆について、付加的構成であるとして種々主張するが(前記第四の一【原告の主張】2(二)(2)及び3(二))、いずれも採用することができない。

三  以上によれば、イ号意匠及びロ号意匠は、全体の基本的形状において本件登録意匠と一致するからといって直ちに本件登録意匠に類似するということはできず、掛け杆部、物干し杆部及び脚部のそれぞれの部位における具体的形状において、前記二1の〈1〉ないし〈6〉の一致点で本件登録意匠と一致するものの、これらは本件登録意匠との類否判断に大きな影響を及ぼすものとはいえず、同(1)ないし(7)、とりわけ(1)、(2)、(5)ないし(7)の相違点が本件登録意匠との類否判断に与える影響は右一致点が及ぼす影響を凌駕して、イ号意匠及びロ号意匠と本件登録意匠の全体としての美感を異ならしめるものであるから、イ号意匠及びロ号意匠は本件登録意匠に類似しないものといわなければならない。

第六  結論

よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子)

(イ)号図面

(但し物干し杆7の上下位置は可変であり通常中央部近傍ないしその近接部にある。

本図の場合中央部近傍よりやや下部に描いてある。)

〈省略〉

(イ)号図面

〈省略〉

(イ)号図面

〈省略〉

(イ)号図面

〈省略〉

(イ)号図面

〈省略〉

(イ)号図面

〈省略〉

(イ)号図面の符号の説明

1 上部支柱

2 下部支柱

3 集束盤

5 掛け杆

6 小型ハンガー掛合用孔

7 物干し杆

8 「つ」の字形クリップ

9 脚部

10 ステー

11 基部

12 基管

13 ストッパー

14 拡開規制杆

15 ストッパー

16 中央孔

17 「つ」の字形クリップ

(ロ)号図面

(但し物干し杆7の上下位置は可変であり通常中央部近傍ないしその近接部にある。

本図の場合中央部近傍よりやや下部に描いてある。)

〈省略〉

(ロ)号図面

〈省略〉

(ロ)号図面

〈省略〉

(ロ)号図面

〈省略〉

(ロ)号図面

〈省略〉

(ロ)号図面

〈省略〉

(ロ)号図面の符号の説明

1 上部支柱

2 下部支柱

3 下位集束盤

5 掛け杆

6 洗濯バサミ

7 物干し杆

8 「つ」の字形クリップ

9 脚部

10 ステー

11 基部

12 上位集束盤

13 ストッパー

14 拡開規制杆

15 ストッパー

16 中央孔

17 「つ」の字形クリップ

18 「つ」の字形クリップ

日本国特許庁

昭和63年(1988)1月19日発行 意匠公報 (S) C3-72A

723293 意願 昭54-32979 審判 昭59-13393

出願 昭54(1979)8月6日

登録 昭62(1987)9月10日

創作者 岡田孝博 大阪府守口市大日町3丁目137番地 株式会社久宝プラスチツク製作所内

意匠権者 株式会社久宝プラスチツク製作所 大阪府守口市大日町3丁目137番地

代理人 弁理士 中村恒久

審判の合議体 審判長 杉本文一 審判官 横山浩治 審判官 森本敬司

意匠に係る物品 物干し器具

説明 図面中、掛杆を支持する中央筒を上下逆転させて支柱に嵌合すれば参考図の如く折畳み得るものである。右側面図は左側面図と対称にあらわれる。

〈省略〉

〈省略〉

第七二三二九三号登録意匠図面一部拡大図

〈省略〉

日本国特許庁

昭和63年(1988)5月13日発行 意匠公報 (S) C3-72A類似

723293の類似1 意願 昭55-3017 審判 昭58-14059

出願 昭55(1980)1月31日

登録 昭63(1988)1月11日

創作者 岡田孝博 大阪府守口市大日町3丁目137番地 株式会社久宝プラスチツク製作所内

意匠権者 株式会社久宝プラスチツク製作所 大阪府守口市大日町3丁目137番地

代理人 弁理士 中村恒久

審判の合議体 審判長 杉本文一 審判官 横山浩治 審判官 森本敬司

意匠に係る物品 物干し器具

説明 背面図は正面図と、右側面図は左側面図と同一にあらわれる。

〈省略〉

〈723293の類似意匠公報記載の正面図、左側図拡大図〉

〈省略〉

意匠公報

〈省略〉

〈省略〉

意匠公報

〈省略〉

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